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7月5日、OM-D E-M1 Mark IIを持って銀座一丁目へ。暗渠となった京橋川と京橋を偲ぶ。 [OM-D E-M1 Mark II]

今日の天気予報ですが、
東京の天気は「曇のち晴」最高気温34度、最低気温は摂氏23度となっています。
昨日は、曇り時々晴れで暑い日でした。お身体に気をつけて、風邪にご注意ください。
今朝も、一段と猛暑となりそうな夏日になるようです。そんな2017年7月8日です。

短時間に記録的な水害となった北九州の水害ですが、多大な災害となられましたことに哀悼の意を表します。
7月は誕生月(7/20)ですので、皆様、よろしくお願いいたします。。
呉々も、熱中症にはお気を付け下さい。
7月5日、やっと、小澤太一さんの写真展「COLORS - LAOS, DON DET」に行って来ました。
富士フォトギャラリー銀座の場所は、京橋交番の直ぐ後ろ手の銀座ファーストビルの4Fです。
撮実の続きで、KOMEさんの記事に反応して、暗渠となった京橋川、京橋の現在の姿を撮り歩いて見てからです。
当時のKOMEさんのお写真から、京橋川の右側に、低層の建物、そして、その後の川沿いに不動産のビルが見え、
中央通りを挟んで、初代のテアトル銀座の姿が見えます。
写真を撮られたと思われる(現在の)ブラザーのビルの近辺を歩き回ってみましたが、
ブラザー自体も、当時の位置よりは、銀座寄りにズレている気がします。
また、京橋川の直ぐ上には、首都高層が位置するために、見渡しが悪くて、当時と同じポイントとはなりません。
KOMEさんの記事「old times photo (Tsujido, Kyobashi)」から。
なお、日本橋の高速を地下化して、日本橋の空を取り戻そうという運動があるのと同様に、
京橋の暗渠をなくして、往年の京橋川を取り戻そうという地元の運動があります。



今日の一枚は、

E7056809_CameraRAW_2048_signed.jpg
『隙間の先』ドーム型の建物が気になります。
Olympus OM-D E-M1 Mark II+M.Zuiko 25mm F1.8レンズで撮影しています。
JPEGリサイズのものと、Camera RAW 9.10.160(CC)での現像も混在しています。
ここから、Olympus OM-D E-M1 Mark II+M.Zuiko 25mm F1.8レンズで撮影しています。
E7056804_CameraRAW_2048_signed.jpg
1)↑再録、京橋交番
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2)↑再録、現在地。有楽町・国際フォーラム、皇居側を上として。
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3)↑京橋の親柱
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4)↑写り込み
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5)↑昔のテアトル銀座→テアトル東京・ホテル西洋銀座等の跡地は、建設中です。
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6)↑首都高速の高架下を通る
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7)↑京橋川の暗渠=首都高速の脇道
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8)↑川向こうと同様に、有楽町に向かう方向。世界の山ちゃんがこの先にあったと思います。
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9)↑月が出ていました
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10)↑KOMEさんのお父さんの撮られたと思われる位置から。
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11)↑
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12)↑京橋の高架下
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13)↑京橋スクエアガーデンの前で



カバー写真は京橋エドグランでの一枚からです。

コメントのパスワードを少しだけ変更しました。もう、2017年ですからね。

毎日、見て頂くblogの文章が痛ましく感じられて申し訳ありません。
妻が急逝して、遂に3年経ちましたが(3月11日未明)、なんだかあっという間に時が過ぎていきます。

1998年の秋に妻と出会ってから、私にとっては、珠玉のような15年でしたが、
若くして不治の病(膠原病のSLE)に罹患した妻にとってはどうだったのでしょう。
人一倍、生きることに(生き残ることに)頑張っていた妻に、与えられた運命は過酷だったと思います。

思えば、妻と一緒にいた15年間はかけがえのない時間だったと思います。
今は、天に昇った妻の一部が、そっと、自分の近くにいてくれていると思います。
『美しい光景を見ること』が妻の言えなかった遺言のような気がしています。
妻が見たかったであろう光景、美しい光景を見に行き、そんな写真を見せていこうと思います。
6月11日は、妻の39回目の月命日の記事に、沢山のアクセスをありがとうございます。
2017年6月11日、妻の39回目の月命日となりました。
〇「6月11日は妻の39ヶ月目の月命日です。熊本で買ってきたデコポンプリンとデコポンゼリーを供えて。
5月11日の記事には、沢山のアクセス、nice、コメントをありがとうございます。
2017年3月11日の3年目の命日の記事に沢山のアクセス、沢山のコメントをありがとうございます。
2015年3月11日は、妻の一周忌の「命日」でした。

2014年8月31日は、妻の41回目の誕生日の話から。

番外編
5月13日から15日、熊本へ行ってきました話の5月14日からです。
阿蘇くまもと空港 → 熊本市内。

2014年3月8日から3月10日、妻と共に訪れた熊本・阿蘇の地は、奇しくも妻との大事な思い出の地となりました。
その熊本が大地震に被災して1年、まだまだ爪痕が残る被災地と復興していく姿を訪ねるツアーでもあります。
さて、2日目14日の地元のFさん案内のバスをチャーターしての熊本ツアーからです。
5/14の予定ですが、メインは南阿蘇鉄道 高森駅からのトロッコ列車です。
08:00 熊本市民会館前集合 → 熊本城車窓 → 震源近くの震度7となった益城町 車窓 →
          西原町セブンイレブン → 南阿蘇鉄道 高森駅 → 周辺撮影
11:30 高森駅(トロッコ列車乗車) → 11:42 阿蘇白河駅
11:42 阿蘇白河駅で「折り返しのトロッコ列車を撮影」 → 再びバスで → 池の川水源(撮影) →
13:00ごろCafe しもんで昼食 → 寺坂水源(撮影) → 塩井水源(撮影) → 阿蘇大橋崩落現場 →

〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。その先に何もない阿蘇大橋。その20
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。もう少しだけ、みなみあそ村 寺坂水源から。その19
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。さらに、みなみあそ村 寺坂水源にて。その18
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。みなみあそ村 寺坂水源から。その17
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。道の駅 あそ望の郷くぎの Cafe しもん での昼食から。その16
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。池の川水源と川のトンボから。その15
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。阿蘇白河駅での撮影から。その14
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。南阿蘇鉄道の阿蘇白河駅から。その13
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。南阿蘇鉄道のトロッコ列車の車窓から。その12
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。南阿蘇鉄道トロッコ列車の旅。その11
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。もう少し、南阿蘇鉄道 高森駅とトロッコ列車から。その10
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。南阿蘇鉄道 高森駅とその周辺で。その9
〇「5月13日から15日、OM-D E-M1 Mark IIを持って熊本へ。被災から復興していく姿を訪ねて。その8

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